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夢屋造園

仕事のことを書こうかなあ

1/1

あけましておめでたう。

仕事初めは6日から。
だいぶゆっくりできるので
勉強をじわじわと始めようかな。
年明けは街路樹の剪定からだから
体をなまらせないようにしなくては。
久しぶりにプールに通おうか。

12/29

昨日12/28は仕事納め

半日働いて
昼は今半ですきやき
至高の接客
美食にはまる人の気持ちがわかる

今半でビールを飲み初めて
最後の店のテキーラまで12時間とすこし
五次会でやっと
酒豪社長の魔の手から解放(笑)

最後は日頃のストレスが爆発して
大暴れする社長をなだめるだけの小一時間

で、今日は吐いて下痢して
空っぽにして
食べて眠って
あっというまに夕方
飲み会のあとはいつも決まって言うのだ
「もう金輪際酒は飲まん」と

12/27雨休日

のんびり過ごす。
勉強などせず、猫とごろごろ。
昨夜遅かったので昼寝などしつつ。
明日は仕事納め。

12/26

仕事はほとんど終わったので、
今日は来年からやる予定だった現場を
少しやりはじめた。
ヤマモモやネズミモチマテバシイなど
高木の剪定。
街路樹は、庭木の手入れのように
しっかりキレイにやると損がでるようになっている。街路樹などの予算は豊富ではないのだ。
だから、キレイにというのは大前提の上で
「早く」ということが強く求められる。
もちろん、庭はわざとゆっくりやるという意味ではないけれど。
早さをあげると品質が落ちるというのが、一般的な行程管理の考えだけど、
ぼくはそうともいえないと思っている。
早いというのは、突き詰めると無駄がない、つまり「巧い」ということで、
それは品質を必ずしも下げるわけではないと思うのだ。
早くやろうと焦れば仕事は雑になるが、
巧くやろうと思えば、品質を維持しながらスピードも上げれるはずだ。
そこに職人の気概とプロ意識を込める。
下から「遅いぞー」とかなんとか
言われない範囲でね。

12-25 休日

昨日はクリスマスイヴだったが
ぼくは泥にまみれて働き
お裾分けの立派なネギを背負って
家路についた

今日はクリスマスだが
朝からランドリーに絨毯をもっていったり
これから地下足袋を二足洗ったり
聖夜とはまったく無関係の日常

年末はお庭の手入れが続く
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松の手入れひとつとっても
その知識や経験には
正解などない
なにしろ相手は生きものだから
樹をよく見て
こちらから呼吸をあわせるように
進めていくのがよい

職人のわざ、などというのは
どうも侮蔑的に聞こえ
ホワイトカラーたちの言う知識と
別段かわりのないそれらの技能が
おなじ土俵で語られないことを
不思議に思う
現場で、体で覚えるだけではない
植木屋だろうと、土木屋だろうと
一流の者は相当量の知識をもっている
それがあたりまえ

常に勉強していないと
いざ現場で手も足もでないということが
たまに起こる
そこで「これはどうすれば?」
なんて聞かなくてはいけないなら
職人ではないし
そこで成長へとつながるチャンスを
みすみす逃すことになる

だから毎日勉強する
現場はさっとやってぱっと片付ける
これが鉄則だと思う

さて今日は休み
足袋を洗って
妻とあそぼう

12/24

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AM
稲毛方面
とある富豪の屋上坪庭
松の手入れなど

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昼飯がてら、ブログ書きこみ
配達を待つ大きな門松
竹の上部を平らに切ってあるのは
尖ってると危険というこの頃の風潮
そのうち平らが当たり前になるかも

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PM
山のように積んである丸太などを片付ける予定
伐採の仕事はたいてい簡単だけど
植木屋としてはさみしいものがある
それっきりお金にもならないし
ゴミ代もかさむし

成田のほうの造園会社で
広大な畑をもってる人らは
割って薪にして売ってたなあ
都市部ではそうもいかず
ゴミとして切られて
ゴミとして捨てられる